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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)3450号 判決 1973年3月29日

(ワ)第三四五〇号事件原告、(ワ)第四七三九号事件被告 相川平吉

(ワ)第四七三九号事件被告 相川貞吉

同事件被告

<ほか五名>

右七名訴訟代理人弁護士 渡辺伝次郎

同 梶原和夫

同 渡辺敏久

(ワ)第三四五〇号事件被告 岩瀬竹松

(ワ)第四七三九号事件原告 岩瀬健治

右両名訴訟代理人弁護士 田中英雄

同 榎本武光

主文

(一)昭和四六年(ワ)第三四五〇号事件原告相川平吉の請求を棄却する。

(二)昭和四六年(ワ)第四七三九号事件被告相川平吉、同相川貞吉、同相川忠佐、同相川コト子、同相川勝子、同相川コウ、同相川つね子は、同事件原告岩瀬健治に対し、別紙物件目録記載の土地につき農地法第五条による東京都知事の許可を条件として所有権移転登記手続をせよ。

(三)同事件原告のその余の請求を棄却する。

(四)訴訟費用は、昭和四六年(ワ)第三四五〇号事件原告相川平吉と同事件被告岩瀬竹松との間では同原告の負担、昭和四六年(ワ)第四七三九号事件原告岩瀬健治と同事件被告七名との間では同被告らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(一)  昭和四六年(ワ)第三四五〇号事件

(原告)

(1) 被告は原告に対し別紙物件目録記載の土地上の植木類を収去して右土地を明渡せ。

(2) 訴訟費用は被告の負担とする。

(3) 仮執行宣言

(被告)

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  昭和四六年(ワ)第四七三九号事件

(原告)

(1) 被告らは東京都知事に対し、別紙物件目録記載の土地につき農地法第五条に基づく原告への所有権移転の許可申請をせよ。

(2) 右許可を条件として被告らは右土地につき原告に対する所有権移転登記手続をせよ。

(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告ら)

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  主張

(一)  昭和四六年(ワ)第三四五〇号事件

1  請求原因(原告相川平吉)

(1) 別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)はもと訴外相川定七の所有であったところ、同人は昭和二五年七月一〇日死亡した。

(2) 原告およびその余の(ワ)第四七三九号事件の被告らは右定七の死亡により本件土地の所有権を共同相続し、その共有者となった。

(3) 被告は右土地上に植木を植栽し、右土地を権原なく占有している。

(4) よって原告は被告に対し右植木を収去して右土地を明渡すよう求める。

2  請求原因に対する認否および抗弁(被告岩瀬竹松)

(1) 請求原因第一項の事実は認め、同第二項の事実は争い、同第三項の被告の占有の事実は認める。

(2) 本件土地は、被告の長男である(ワ)第四七三九号事件原告岩瀬健治が昭和二三年一二月二九日ごろ相川定七から代金七万円で隣接地とともに買受け、引渡しを受けたが、右土地が農地法上の農地であるため所有権移転登記が未了のものであり、被告は健治と同居する父親として健治の許諾の下に本件土地を占有するものであるからその占有は適法である。

(3) 仮に右主張が理由がないとしても、岩瀬健治は前記のとおり昭和二三年一二月二九日本件土地を都知事の権利移転の許可を条件として買受けるとともに土地の引渡しを受け、無過失で占有を開始し、以後一〇年間占有を継続したので昭和三三年一二月二九日の経過をもって右土地につき所有権を時効取得した。仮に同人が右占有開始にあたって善意無過失であったと認められないとしても、右占有開始から二〇年占有を継続したことにより、昭和四三年一二月二九日の経過をもって、同人は右土地の所有権を取得した。したがって右健治の許諾の下になされている被告の本件土地の占有は適法である。

3  抗弁に対する認否および再抗弁(原告相川平吉)

(1) 抗弁中、被告が岩瀬健治と同居していることおよび本件土地が農地であることは認め、その余は否認する。もっとも訴外山田堯治が被告主張のころ権限なく相川定七(同人は当時意思能力を有していなかった)の代理人として岩瀬健治との間で本件土地の売買契約を締結したことはある。なお被告は当初被告自らが相川定七から本件土地の引渡しを受けてこれを占有することにより条件附き所有権を時効取得した旨主張し、原告が右主張を援用した後に岩瀬健治の占有による時効取得を主張するに至ったものであり、右は自白の撤回にあたるところ、原告は右撤回に異議がある。

(2) 仮に被告主張の売買契約が有効に締結されたとしても、

(イ) 右売買契約に基づく土地所有権の移転のためには農地調整法第四条(後には農地法)による都知事の許可を要するところ、岩瀬健治の相川定七又はその相続人たる原告らに対し右許可申請を求める請求権は売買契約締結時から一〇年を経過することにより時効により消滅した。右請求権が消滅した以上、岩瀬健治は本件土地の所有権を取得することが確定的にできなくなったのであるから、前記売買契約も失効したというべきである。

(ロ) 本件土地売買契約の締結以後現在までの間に物価の上昇は著しく、本件土地の現在の価額は三・三平方メートル当り三〇万円となり、その他経済事情、社会事情も甚しく変動し、右売買契約の履行を求めることは事情の変更により不相当となった。よって原告は岩瀬健治に対し昭和四六年一〇月一九日到達の郵便で、売買代金を相当額に増額するよう請求し、右書面到達の日から一〇日以内に諾否の回答を求めたが、健治はこれに対し何らの回答もしなかった。そこで原告は健治に対し同年一一月七日到達の郵便で右売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(3) 岩瀬健治が本件土地の占有を継続して来た事実があるとしても、同人は右占有を善意で開始したものではなく、また所有の意思をもってなしたものでもない。

4  再抗弁に対する認否(被告岩瀬竹松)

原告から岩瀬健治に対する代金増額請求および売買契約解除の各郵便が到達したことは認め、その余は争う。

(二)  昭和四六年(ワ)第四七三九号事件

1  請求原因(原告岩瀬健治)

(1) 本件土地はもと相川定七の所有であったところ、原告は昭和二三年一二月二九日ごろ右土地を含む当時の足立区島根町三番一の畑八畝九歩を代金七万円で定七から買受けた。

(2) 定七は昭和二五年七月一〇日死亡し、被告らは定七の権利義務を共同相続により承継した。

(3) 本件土地は農地法上の農地であり、原告はこれを農地以外のものにするため買受けたものである。

(4) よって原告は被告らに対し、本件土地につき東京都知事に対し農地法第五条の規定による所有権移転許可の申請をなすこと、および、右許可を条件として前記売買に基づき被告らから原告への所有権移転登記手続をなすことを求める。

(5) 仮に右請求が理由がないとしても、原告は前記のとおり本件土地を相川定七から都知事の許可を条件として買受けるとともにその引渡しを受け、善意無過失でその占有を開始し、以後占有を継続して今日に至ったから、右売買の日から一〇年の経過により右土地につき所有権を時効取得した。仮に右善意無過失の点が認められないとしても、右売買の日から二〇年の経過により右権利を時効取得した。よって原告は被告らに対し前記各手続をなすよう求める。

2  請求原因に対する認否および抗弁(被告相川平吉ら七名)

(1) 請求原因第一項中、本件土地がもと相川定七の所有であったことは認め、その余は否認する。請求原因第二項の事実および第三項中、本件土地が農地であることは認め、同項中その余の点は争う。請求原因第五項の事実は否認する。なお原告は当初(ワ)第三四五〇号事件被告岩瀬竹松が相川定七から本件土地の引渡しを受け、これを占有することにより条件附所有権を時効取得した旨主張し、被告らが右主張を援用した後に原告の占有による時効取得を主張するに至ったものであり、右は自白の撤回にあたるところ、被告らは右撤回に異議がある。

(2) 被告らの抗弁は(ワ)第三四五〇号事件における同事件原告の再抗弁(意思能力の欠缺による売買の無効、売買契約の失効および解除、占有における善意および所有の意思の欠缺)と同一である。

3  抗弁に対する認否(原告岩瀬健治)

(ワ)第三四五〇号事件における同事件被告の再抗弁に対する認否と同一である。

三  証拠≪省略≫

理由

一  本件土地がもと相川定七の所有であったこと、同人が昭和二五年七月一〇日に死亡したこと、および本件土地が農地法上の農地であることは、当事者間で争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、相川定七から代理権を授与された訴外山田堯治は定七の代理人として昭和二三年一二月二九日原告岩瀬健治に対し本件土地を含む当時の足立区島根町三番の一畑八畝九歩を代金七万円で売却し、代金の支払を受けて右土地を引渡したことが認められる。(ワ)第三四五〇号事件原告、(ワ)第四七三九号事件被告らは、当時相川定七は意思能力を有しなかった旨主張するところ、≪証拠省略≫によれば定七が当時中風および動脈硬化症にかかっていたことは認められるが、意思能力を欠くような状態にあったとは到底認め難い。したがって定七の山田堯治に対する右売買に関する代理権の授与も有効になされたものというべきである。

以上を前提として、以下本件各請求のそれぞれについてその当否を考える。

三  (ワ)第三四五〇号事件原告相川平吉の請求について

(一)  被告岩瀬竹松が本件土地上に植木を植栽して右土地を占有していることは当事者間で争いがなく、≪証拠省略≫ならびに本件土地が農地法上の農地であることに照らせば、原告相川平吉およびその余の(ワ)第四七三九号事件被告らは定七の死亡により共同相続人として本件土地を共有するに至ったものと認められる。

(二)  前記のとおり(ワ)第四七三九号事件原告岩瀬健治は定七から本件土地を買受けて引渡しを受けており、被告岩瀬竹松が健治と同居していることは当事者間で争いがなく、また≪証拠省略≫によれば竹松は健治の父で同人の承諾の下に同人とともに本件土地を占有していることが認められる。

しかしながら、右のような事情があるとしても、本件土地が農地である以上(現在のみならず前記売買当時においても農地であったことは≪証拠省略≫によって明らかである。)。その所有権の移転には都知事の農地法(本件売買契約締結当時は農地調整法)による許可を要し、右許可があるまでは売買契約は効力を生じえないものというべきところ、右許可がなされたことについて主張のない本件においては、買主たる岩瀬健治は本件土地を占有する権原を取得しないものというべく、したがって被告岩瀬竹松も右売買に基づいて右土地の占有権原を主張することはできない。

(三)  進んで同被告の時効取得の主張について考えるに、まず、原告相川平吉は、同被告が本件土地につき最初に同被告自身による時効取得を主張し、後に主張を変更して岩瀬健治による時効取得を主張するに至ったのを自白の撤回であるとしてこれに異議を述べている。しかし、いわゆる自白の撤回の制限は、当事者が相手方の立証責任を負担する事実について相手方の主張に一致する陳述をなした後、右陳述を変更する場合について生ずる問題であるところ、本件において右時効取得は被告が立証責任を負担する事柄であるから、たとえ相手方がこれを援用した後であっても、その主張の撤回変更は自白の撤回に当たらず、原則として何なんらの制約も受けないものというべきである。

そうして≪証拠省略≫によれば、岩瀬健治は右被告とともに前記売買以来今日に至るまで本件土地を占有してきたことが認められるが、その一方≪証拠省略≫によれば、健治は右占有の開始にあたって都知事の許可を得なければ本件土地の所有権が同人に移転しないことを認識していたものと推認される。しかし、同人が右のように悪意の占有者であったことは必ずしも同人が右占有を所有の意思をもってなすことと相容れないものではなく、むしろ前記のように売買契約を締結し、代金の支払を完了して土地の引渡しを受けた以上、所有の意思をもって占有をなしてきたものと推認され、そのほか右所有の意思の欠缺を認めるに足りる証拠はない。

そうすると岩瀬健治は昭和二三年一二月二九日の本件売買から二〇年を経過した昭和四三年一二月二九日に本件土地を時効取得したものというべきであり、原告相川平吉の本件請求は理由がない。

四  (ワ)第四七三九号事件原告岩瀬健治の請求について

(一)  右事件被告ら七名が相川定七の死亡により同人の権利義務を承継したことは当事者間で争いがなく、また原告岩瀬健治が右土地を農地以外の用途に供する意思で買受けたものであることは、≪証拠省略≫から認めうるところである。

(二)  ところで前記売買契約に基づき原告岩瀬健治が被告らに対して許可申請を求める権利は、右契約から生ずる債権的請求権であるから、右契約締結後一〇年の経過により時効消滅するものと解される。

しかしながら、農地法施工規則第六条、第二条第二項によれば、農地法第五条による権利移転の許可の申請をなすにあたっては、必ずしも常に権利移転の当事者双方による申請が必要であるわけではなく、申請に係る権利の移転に関し判決(本件で原告健治が求めているような知事の許可を条件とする所有権移転登記請求を認容する判決のごときもこれに含まれると解される。)が確定するなど一定の条件の存するときは単独申請が可能であるから、相手方当事者に対し右許可申請を求める債権的請求権が時効消滅しても、それによってただちに売買契約が失効することにはならない。

(三)  被告らは、本件売買契約後の事情の変更および原告が被告らの売買代金増額の申入れに応じなかったことに基づき右売買契約を解除した旨主張する。しかし、前記のとおり相川定七が本件売買契約締結当時原告から代金全額の支払を受けている以上、仮にその後に被告らの主張するような事情の変更等があったにせよ、それを理由に右契約を解除する余地は全くないものといわなければならない。

(四)  以上によれば、原告岩瀬健治の被告らに対する請求のうち都知事に対する許可申請を求める部分は理由がないが、右許可を条件として所有権移転登記手続を求める部分は理由があることになる(なお、同原告は本件土地の時効取得をも一方で主張しており、右時効取得に基づけばむしろ都知事の許可とは関係なしに無条件の所有権移転登記が問題になる筋合いであるが、それは同原告の訴求するところではないから、右の結論に影響はない。)。

五  よって、(ワ)第三四五〇号事件原告相川平吉の請求を棄却し、(ワ)第四七三九号事件原告岩瀬健治の請求中、都知事の許可を条件として所有権移転登記手続を求める部分を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加茂紀久男)

<以下省略>

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